2008年12月03日

そうだよ!!

気晴らしにばななさんの『ハゴロモ』を読んでる。やることいっぱいあるのに、そんな気分になれない。毎日があまりにハードに、あまりに徒労に過ぎていくので、意欲を引き出すのに時間がかかる。

話しを戻さなきゃ、ね。

そうだよ!!

こんな文章に出逢って嬉しくなった。

川に降りていく石段を下りると、川はいつでも違う顔をしているのに、同じトーンでそこにあった。空腹を満たし、休憩をし、午後に向かっていく力をもらった。子供の時と違って、無造作にエネルギーをつかみとって、また使って、またもらって、そんなふうに世界と愛し合うことはできなくなっていた。
(よしもとばなな著『ハゴロモ』(新潮社文庫2003)

これは主人公のほたるが失恋の果てに川に囲まれた田舎に帰り、失意の日々を過ごすくだり。でも、僕はこの文章からまったく違うものを受け取った。そうだよね。子どもは無造作に世界と愛し合うことができるんだ!!って、そんなこと。


子どもたちは体育のとき、「疲れた~」「だり~」などと言ってても、雨が降り出すと急にはしゃぎだし、ほっておくと濡れっぱなしでクルクル回ったり、走り回ったり、きゃーきゃーできる。広い芝生をみれば、こちらが何を用意しなくても勝手に遊ぶ。よな。

思ったのはそういうこと。


子どもは何となしにでも、世界と愛し合うことができる。


それが子どもでしょ。今の子どもたちがどんなに変わったって言われたって、毎日子どもたちと過ごしてる手前、その部分はまったく僕らの子ども時代と変わらないと思う。子どもっていつまでたってもそんなもんじゃないかな。


そしてそして、思うのだけれど、
そういう子どものバイタリティをどれだけ引き出せるかが、僕たち教師には求められてる。いや、それを引き出せるのが教師なのだと言わなければいけない、と思う。


僕は疲れてる。不本意にも長い話しに付き合わされ、どれだけ彼らが悪いかを永遠と聞かされ、気がつけばもう誰がどんな風に悪くて、何をすればどう解決するのか、ということさえ見えなくなるような泥沼に最近よく放り込まれてる。そして悲しいことに、その長いお話しの中に、僕たちがどれだけ子どもたちの良さ、バイタリティを引き出すことができているかは、まったく高い棚の上に置かれっぱなしとなっている。だから、長い話し合いにオチはなく、ただ一緒に深い井戸に落ちていくだけである。むろん、僕は言いますよ。「僕たちがやんなきゃって」(といっても僕は直接的にはあまり関係がないのだけれど・・・)。でもね、先輩諸氏には届かない。ぺーぺーの言うことなんかだれも聴いてくれない。なら僕なんて巻き込まないで欲しいと思うのだけれど、立場と年齢(たぶん)がそれを許してくれない。出口のない話し合い。誰も責任を引き受けない。虚無感。徒労感。子どもたちが「僕が悪かった。責任取ります」と言えば、終わるのかなこの話し合い。でもそれが唯一の解決策なら、子どものお世話をする僕ら教師はいらないよな。まったく。


よし寝よ。僕も睡眠という世界と愛し合う(笑)。そしてまた明日、最高の笑顔で教室に上がる。僕が彼らの世界になれるといいな。



同じカテゴリー(本を読む)の記事
さあてね
さあてね(2012-05-15 00:17)

寝る前に読む本
寝る前に読む本(2012-05-13 07:36)

今日の読書20120428
今日の読書20120428(2012-04-28 19:08)

うふふの自己満足
うふふの自己満足(2010-09-04 21:31)


Posted by sky1973629 at 23:29│Comments(2)本を読む
この記事へのコメント
いつもお仕事お疲れ様^^

今日は日曜日だから仕事の事は忘れてゆっくり休んでくださいね
(*^o^)/\(^-^*)
追伸だんだん寒くなってきたね。風邪&インフルエンザには気をつけてくださいね(^-^)

いつもすーみーありがとうね^^
Posted by ☆ぽろりん☆ at 2008年12月07日 15:37
☆ぽろりん☆さん>
コメントありがと。だいぶ消耗してますが、コメスは負けません。こんなところで負けてては、だれも守ってやれないですからね・・・。なんて、ひょろいのだけれどさ。ゆっくりよそ見しながら進みま~す。あぶないね。またすーみーします(すーみーでゴメンね)。
Posted by コメスセイキ at 2008年12月09日 22:54
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。