2008年04月02日

傘をささない・・・と

君が代不起立教員、懲戒処分。東京都のこと。


記事を読んだ後に、ベランダでたばこを呑む。
すると、重機の音が階下から聞こえる。
家の下方を通る道で工事をしているようである。4月なのに。

作業を確認する数人の男の人たちの声も聞こえる。夜中なのに。

ふと、思い出す。
それは、ある学生寮で毎朝行われる国旗掲揚と国旗降下の儀
式に対して、主人公のワタナベくんが思う『ノルウェーの森』のこ
んなくだり。



どうして夜のあいだ国旗が降ろされてしまうのか、僕には
その理由がわからなかった。夜のあいだだってちゃんと国
家は存続しているし、働いている人だって沢山いる。線路
工夫やタクシーの運転手やバーのホステスや夜勤の消防
士やビルの夜警や、そんな夜に働く人々が国家の庇護を
受けることができないというのは、どうも不公平であるよう
な気がした。

村上春樹著『ノルウェーの森(上)』(講談社1987/p.24)



この思いは後にも先にも物語に直接的に影響を及ぼすもので
はまったくない。主人公の人柄を表すような、単なるとりとめな
く漂う思いが記されただけ、とも言えるくだり。
(なんで僕はそんなくだりをいつまでも覚えているのだろう)


これは形式的なルールの無意味さを、そしてその無意味なもの
が人をなぜか規定する集団という社会の不毛さを、なんとなくだ
けど、それでもとても具体的に示している、くだりだなと僕は思う。


つまり、世の不条理である。


(ずいぶんと遠回りしたけど)
なぜ、国歌が流れる時に必ず立たなくちゃならないんだろ。
たったその行為ひとつで、彼彼女のこれまでの職績が抹消され
るのか。不真面目教員として烙印されるのだろ。分からない。

いや、何となく分かってる部分はある。ぼくたちは公教育に従事
する輩である。公教育はずばり、国家によって成り立っている。そ
して何よりも、子どもたちがその「国家」という具体像を結ばない
ものに、きちんとコミットしてくれないと、公教育は公教育のミッシ
ョンを果たせないことになってしまう。つまり、本末転倒になってし
まう。日本国家にアイデンティファイしない人材を作っては、公教
育とは言えなくなってしまうからだ。

ちと、難しいな。容量オーバー。

僕たちが日々しのぎを削っている学校教育は、子どもの人格の完
成というだけの目的ではキレイごとすぎるのである。公民教育。論
理的に、その枷(かせ)は決してはずせない。


でも、みんなそんな大儀なこと、忘れがちなんだよね。
というよりも、子どもが手がかかって、そんなこと思いも至らない、
と言った方が正確なのかもしれないな。つまり、どーでも良いこと
となりがち、よなと思う。


だから、管理者はがんばるんだよな。必要以上に。
「おいおい、公教育だぜ」って。そして踏み絵なんかも作ってみる。


その腐心に抗った結果がこれである。懲戒処分。


僕は正直、分かんないのである。
もちろん、サッカー日本代表が凛として国歌を歌うとき、僕は胸が
熱くなる。「日本、がんばれよ」と人並みに思う。
そして他方でさ、
もちろん、戦前日本の教育を規定した明治天皇の「教育勅語」を
読解したときには、そしてそのたった315文字を利用して行われ
た戦前日本の皇民教育の事実に触れるとき、「ウソばっか並べ立
てて、最低だよな」と思う。



形式とはなんだろ。

罰を科してまで、しがみつかなければならない形式とはなんだろ。

集団(みんな)で生きるとはなんだろ。


僕ら公教育に関わる者は、直接的にも間接的にも加担者である。
戦前の教員が痛いくらい猛省したように。それは今でも事実であ
る。だから、もっと考えなくちゃならない。子どもたちのためにも。
あー、でも分かんない。


雨が降ってるのに傘をささない、という理由で投獄される、という
絵本がある。その中で警察が言う。「雨が降ったらフツーは傘を
さすものでしょ」ってさ。

「フツー」が上等ではなく(笑)、一番難しい。



あのー、どなたか新しい国旗国歌、作ってくれませんか。
(僕がクビになる前に。お願いします)



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Posted by sky1973629 at 01:30│Comments(3)よのなか
この記事へのコメント
アメリカの学校もすごいですよ。学校によっては学校が始まるときに国歌が流れます。そしてそれが流れている間は手を胸に当てて動いちゃいけないんですよ。
うちの息子の学校は国歌ではなく学校の校歌(歌ではないんですが)みたいのを皆で言ってます。もちろん動いちゃいけない。
初めて偶然その場に居合わせたときは唖然。息子にこれはなんだと聞いたら当たり前のことを言うように説明してくれました。
こういうので愛国心を高めているんだとおもうんだけど・・・なんだか変な感じでしたよ。
Posted by 凛MM凛MM at 2008年04月02日 01:40
こんばんわ、凛MMさん。
そっか、アメリカはかなり徹底されてるんですね。言われたことあるよ、ALTの先生にさ。何でこんな当たり前のことを、日本人(沖縄人)は躊躇してるのかって。そして、何で校歌の時にふざけてる子がいるのかって。うまく答えられなかったけど、他民族他文化の人たちで成り立つアメリカにとっては、なおさら、国歌のような、国家のような大儀は不可欠なのかな。みんなをまとめるために。
きちんと仕事して、税金払って、子どもを学校にいかせてれば、文句ないじゃん、という思いつきは、かなり浅はかなのでしょうね。返信ありがと。

ちなみに・・・「生活(科)」というのは、社会と理科が統廃合された教科です。社会や理科をより身近に学ぶためにね。日本では1,2年生は社会と理科の代わりに「生活」なのです。
Posted by コメスセイキ at 2008年04月02日 23:51
生きてると、躊躇する事ばかりよね。
躊躇があるっていうことは、疑問がそこにあるからだし、
疑問を噛み砕いて前へ進もうとする人を邪魔しちゃいかんよね。

やっぱりね、なんで?なんで?なんで?って
執拗に大人を困らせる大人でありたいね。

みんなの「当たり前」という概念を素敵なセンスで
ぶっ壊したいね。

時間かけて生きて僕らなりに
必要なカケラを探すのみね〜

余談ですけど、ただいまのBGMはPOLICEです。
しかし、ポリスってバンド名も凄いよね。
Posted by みやじまみやじま at 2008年04月05日 00:34
 
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