2012年04月24日

明後日に

ちょこっと大学生に話をしに行く。

僕もかつて教師を志した。だから、もちろん今の自分がいる。でもね・・・なぜ志したのか。記憶にない。

いやいや、初心を忘れたとかそういうことではなく、なぜ教師になろうと思ったのか。いろんなエクスキューズは身の周りにちらばっているのだけど、それらはまさに後付けのように思えてしまい、それらを司ったその核心が思い出せない。そもそもあったのかどうか・・・。

んじゃ、今は志がなくなったのか?そんなことはない。というより膨大にある。否応なしに歳は重ねられ、志というよりも使命感というような感じだけど。

でも、果たしてこの使命感のようなものを大学生に語るべきなのか。これからこの職業に向けて走り出す若者に、語るべきことなのか。それはあまりにも重い。おそらく鳥の目になってまさに客観的に僕の毎日を眺めることができたら、たくさんの足枷をはめて踊り続ける不憫な中年の姿、それではないかとさえ思う。そこに僕オリジナルな自由はあるのか。自由な意志は発揮されているのか。。。ぼんやりしてしまう。そんな仕事に誰がつきたいと思うのか。

いやいや教職は、僕にとっては最高の仕事であり、これまでの人生の代償であり、「御恩送り」そのものだと思っている。だからこそ、天空を見上げ青々とする大学生にもまた就いてもらいたい仕事であることに違いはない。

でもその切り口が見つからないのよ。この縛られつつ希望を見るような、そんな複雑な感情は、今の僕には軽く語れるものではないのよね。これがおとなということなのでしょうか。それじゃあステレオタイプ。いちいち悩む僕はやはり子どもかな。さてどうしましょう。



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Posted by sky1973629 at 01:02│Comments(0)日常
 
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