2008年12月20日

ぐち愚痴グチ愚痴ぐち

徒労感に苛まれている。憤りを超えた徒労感は、ぐるっと一周してまた憤りに戻ってきた。きちんと風呂敷をかぶせたはずのいじわるコメスがムキムキと這い出てきてる。

いつものように、「責任」というものをとてもとても考えてる。以前にも何度も書いてる。今年の僕の流行語は「責任」もしくは「無責任」。いやいや来年まで続くな・・・これ。

「無責任」な人が僕の周りにあまりに多い。「無責任」なヤツはそれでいればいいさ。でもね、そういう人は組織にいるべきじゃないよ。とりわけ上位のポジションにいるべきではない。それで害を被る方が不憫でならない。代われるなら代わりたいよ。立場上「責任」を取ることができない僕は、とてもとてももどかしい。苦しい。

「責任」かぁ・・・。

企業経営論みたいな、ご立派な「責任」論を語ることはできないよ。やっぱぼくにはこれしかない。立ち戻る場所。


おいキズキ、と僕は思った。お前とちがって俺は生きると決めたし、それも俺なりにきちんと生きると決めたんだ。お前だってきっと辛かっただろうけど、俺だって辛いんだ。本当だよ。これというのもお前が直子を残して死んじゃったせいなんだぜ。でも俺は彼女を絶対に見捨てないよ。何故なら俺は彼女が好きだし、彼女よりは俺の方が強いからだ。そして俺は今よりももっと強くなる。そして成熟する。大人になるんだよ。そうしなくてはならないからだ。俺はこれまでできることなら十七や十八のままでいたいと思っていた。でも今はそうは思わない。俺はもう十代の少年じゃないんだよ。俺は責任というものを感じるんだ。
(村上春樹著『ノルウェーの森(下)』講談社1987/pp.179-180)


「責任」という概念は裾野が広いのだけれど、そのうちの一つは何も難しくないと思ってる。それは、キャリアなり立場なり年齢なりで先に立つ人がさ、自分よりも新参な人を「守ってあげたい」「見捨てたくない」という素直な気持ちに裏打ちされた社会的に自然な感情だと思う。人に認められたい、人とつながりたい・・・というとこから出てくる社会的感情の一つ。

ワタナベ君も言ってるじゃないさ。そういう思いは「成熟する」ことだって。自分のことばかり夢中で自己完結な子どもに、この「責任」という概念は生まれてこないのよ。そうなの。

十分な地位を得ながら、ガキなままでいる人間を僕は許すことができない。ぜひ今すぐ退出願いたい。そして、そんなガキに「責任」を負わせるポジションを平気で与える組織にも我慢ならない。


行動にでなきゃな。うん、行動に。でも・・・・どうやって??(>_<)


ぐち愚痴グチ愚痴ぐち
明けない夜はないってよ。そう願う。


同じカテゴリー(日常)の記事
カタコト
カタコト(2012-12-26 00:30)

机に付着いています
机に付着いています(2012-12-08 22:58)

未来にではなく
未来にではなく(2012-05-28 14:42)

佇まい
佇まい(2012-05-27 20:43)

変えました
変えました(2012-05-07 23:04)

嬉しい嬉しい
嬉しい嬉しい(2012-05-07 22:38)


Posted by sky1973629 at 03:24│Comments(0)日常
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。