2008年12月14日
恋なのよ
僕の大好きな小池昌代さん。詩人。

彼女がヴィルヘルム・ハンマースホイの絵に触れてこう書いてる。
周りにどんなに人がいようと、たった一人の「わたし」のために、そのためにだけ、彼の絵は開く。そういうものは、普通、「閉じている」と形容でき、そんな関係を生じさせるものを、私は「詩」と呼んできた。
(ラジオデイズ「小池昌代の言問い小路」)
僕は小池昌代さんの詩を読んでるとき、彼女が僕だけにその言葉を届けてくれるようなハッピーな気分になる。そしてそれを受け取れるのもまさに僕しかいない。そんな気分になる。それはまさに恋愛そのもの。僕にしか「開かれる」ことのない彼女の言葉や表情。人はそういうものを感じたとき、恋を感じ、恋に落ちる、と僕は思ってる(というよりも僕はそうだ・・・ということなのだけど)。
誰もいない室内ばかりを描いた、後期の仕事が、一番ぴったりと心に添った。奥へと誘う開かれたドア。差し込む光。椅子がある。室内とはなんだろう。いきなりだが、人生の本質とは、この「空漠」そのものだと思う。
(ラジオデイズ「小池昌代の言問い小路」)
僕はちっぽけな人間なのだけれど、僕のこの身は、僕の存在だけで埋められるほど小さくない。存在という器は貪欲なまでに大きく、その容量は限りなく、だからこそ僕自身を食い尽くしていく。僕だけでは到底埋めることのできない、僕のその空っぽの部分。その寂しさが人と人とを結びつけるのかな?なんて思う。僕自身に巣くうその「空き」は、いつも誰かのために、いつも「貸間あり」として用意されてる。
僕はやっぱりあの人に、その空きを埋めてもらいたいと思ってる。うん。やっぱりそれを恋と言うんだな。
彼女がヴィルヘルム・ハンマースホイの絵に触れてこう書いてる。
周りにどんなに人がいようと、たった一人の「わたし」のために、そのためにだけ、彼の絵は開く。そういうものは、普通、「閉じている」と形容でき、そんな関係を生じさせるものを、私は「詩」と呼んできた。
(ラジオデイズ「小池昌代の言問い小路」)
僕は小池昌代さんの詩を読んでるとき、彼女が僕だけにその言葉を届けてくれるようなハッピーな気分になる。そしてそれを受け取れるのもまさに僕しかいない。そんな気分になる。それはまさに恋愛そのもの。僕にしか「開かれる」ことのない彼女の言葉や表情。人はそういうものを感じたとき、恋を感じ、恋に落ちる、と僕は思ってる(というよりも僕はそうだ・・・ということなのだけど)。
誰もいない室内ばかりを描いた、後期の仕事が、一番ぴったりと心に添った。奥へと誘う開かれたドア。差し込む光。椅子がある。室内とはなんだろう。いきなりだが、人生の本質とは、この「空漠」そのものだと思う。
(ラジオデイズ「小池昌代の言問い小路」)
僕はちっぽけな人間なのだけれど、僕のこの身は、僕の存在だけで埋められるほど小さくない。存在という器は貪欲なまでに大きく、その容量は限りなく、だからこそ僕自身を食い尽くしていく。僕だけでは到底埋めることのできない、僕のその空っぽの部分。その寂しさが人と人とを結びつけるのかな?なんて思う。僕自身に巣くうその「空き」は、いつも誰かのために、いつも「貸間あり」として用意されてる。
僕はやっぱりあの人に、その空きを埋めてもらいたいと思ってる。うん。やっぱりそれを恋と言うんだな。
Posted by sky1973629 at 03:32│Comments(0)
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